長男は精神病院に入院しました。
小高い山の上にあるその病院は、中庭で精神を病んだ方々がゆったりと散歩をしています。今時の病院にはめずらしく喫煙所もあり、面会の人たちと談笑しています。
明らかに都会の大病院とは違ったのどかな風景がいっそう胸を締め付けます。
ここにたどり着くまでの悪夢のような出来事。
そして今朝、直前の翻しで入院に抵抗したこと・・・あまりにも壮絶な1日でした。
(イラスト:次男)
アルコール依存症の入院は患者本人の同意がなければ入れません。今日は初診済の専門
クリニックに入院相談の予約を取ってあります。長男には内緒で・・・
前日は一緒にお酒を飲みながら夜通し長男に入院の説得をしていました。
夜が明ける頃ようやく「入院する」と言ってくれたので私は「わかってくれてありがとう」と号泣していました。
そこに次男がマンションに到着しました。実は次男は昨日私と一緒に大阪に着いていたのですが、アルコール依存症の特徴として、日にちや時間を決めた約束、予約などはドタキャンや拒否をするので、長男が警戒しないように次男には近くのホテルに一晩待機してもらっていました。「兄さん、動けなかったら僕がおぶってタクシー乗り場まで行くから・・・」
シャワーも浴びず着替えもしなくなって2週間。次男が髪の毛や体を拭いてあげて、さぁタクシー乗り場まで行くよ、と立とうとした瞬間に長男の体が固まり抵抗しました。どこに隠し持っていたのか、いつの間にかいつも飲んでいるお酒も手にしています。私が後ろから抱きかかえるようにして押さえている間に、次男が救急車を呼んでくれました。
救急車には素直に乗り、救急隊員の方がクリニックに電話してくれたのですが、クリニックからは「救急車で来ると【自分の意志にはならない】のでタクシーで来てください」と言われました。隊員さんが長男にそれを丁寧に説明してくださり、タクシーも呼んでくれました。長男は他人の言う事は素直に聞くようで、無事タクシーに乗りかえクリニックに向かう事が出来ましたが・・・
クリニックまでタクシーで1時間強かかります。少し走ると長男は「御浜町(マンションの場所)に向かってる?山園(クリニックの場所)に向かってる?」というので「山園だよ」と言うと、財布から1万円札を取り出して「運転手さん、御浜町に戻ってください。」と言うのです。ぞっとしました。
私がその手を制止して軽く頭をたたくと、とても非力な肘打ちをしてきました。
酩酊状態でも長男はあばれるタイプではないのですが、「(一人暮らしの部屋に戻ってお酒を飲んでいたい)御浜町に戻ってください。」という強い執着に恐怖を感じずにはいられませんでした。
クリニックに着いて入院面談でも、初診の時と同様に長男は「自分が具合が悪いのはアルコールのせいだとはわかっている。でも治療も入院もしない。」と主張します。
私はその話をさえぎって大泣きしながら懇願しました。「会社には社宅マンションに一人にするなと言われています。でも大阪に来て付き添うのももう限界!たとえ付き添っていても悪化するばかりなので、どうか入院させてください!!!どんなに遠い所でもいいです!!!失敗してもいいから!」と。
クリニックは懇願を聞いてくれて1床空いていた病院に入院手続きをとって、すぐにタクシーで20分くらいの入院病院に向かいました。
病院に着いてからは、今朝のひるがえしのショックやタクシーの中での恐ろしい執着を思い出して、私は倒れんばかりに泣きました。次男がついていてくれなかったら倒れていたと思います。
先生の「穏やかになりますから」という声は聞こえています。
少しお酒を抜いてきた長男の「ここに来ただけでも良かったってよ」声も聞こえています。でも長男の目を見ると「こんなところに入れやがって」と恨んでいるようで恐ろしくて、涙は止まりませんでした。
次男は「兄さんならできる!」という言葉をかけてくれました。
私は長男の姿をなるべく見ずにいました。
着の身着のままでの入院なので「身の回りの荷物は送ります。」と言って次男と共に病院を早々に後にしました。荒れたマンションの部屋に戻って身の回りの物をまとめます。
次男が延滞していたDVDに気づいて返しに行ってくれました。
泊まることはとてもできなかったのでホテルを取り、入院に必要な物一つ一つにマジックで長男の名前を書きます。
「持ち物に名前を書くなんて小学生以来のことだ・・・」とまた泣きながら書きました。
翌日荷物を送り東京に帰りましたが、スーツ姿のサラリーマンを見ては泣き、赤ちゃんを見ては泣き・・・コロナ自粛で新幹線はガラガラ、マスクも着けっぱなしなので人目を気にすることなく泣きどおしでした。
半強制的になってしまったけどようやくたどり着いた入院・・・でもアルコール依存症の入院は退院するのも【本人の意思でいつでも出てこられる】のを知って、不安と恐怖はまだまだ続くことになりました。